2008年09月08日

紅白歌合戦司会者に「松坂慶子」の声…若手女優よりも

紅白歌合戦司会者に「松坂慶子」の声…若手女優よりも
2008年9月2日(火)17時13分配信 夕刊フジ

大河ドラマの役作りなのか、ふっくらお母さん体型が安心感をもたらした

 NHK紅白歌合戦の紅組司会者に、早くも松坂慶子(56)の名前が浮上している。

 “夏の紅白”といわれる同局の「思い出のメロディー」(8月30日)では、氷川きよし(30)とともに司会を担当。平均視聴率が1部19.0%、2部16.9%と昨年の1部14.3%、2部14.7%を大きく上回ったからだ。


 二谷裕真チーフプロデューサーは番組への評価について「視聴者の方から『歌をありがとう、歌はいいですね』とおほめいただいたことを一番ありがたく思っています」とコメント。


 音楽関係者の間では、松坂への評価も高まっている。フレッシュな氷川を向こうに回し、松坂は大河ドラマ「篤姫」で演じた老女・幾島そのままに貫禄たっぷりで、物腰軟らかい口調だった。


 「高齢の森光子への気遣いや、石原裕次郎夫人のまき子さんとの当意即妙のやりとりなど、でしゃばらずに冴えをみせた。さすが女優だ。数字にもそうした司会の上手さが表れた」(芸能プロダクション幹部)


 紅白歌合戦は、昨年の笑福亭鶴瓶(56)もウケが良かったことから、「松坂・鶴瓶」の異色コンビ誕生の可能性も出てきた。


 NHK広報は「紅白については動き出したばかり。司会者についてもこれから検討します」と話す。


 毎年、秋になると紅組司会候補に若手女優の名が取り沙汰されるが、熟女の松坂でも良いのでは?

松坂慶子(まつざか けいこ、1952年7月20日 - )

東京都大田区出身。本名は高内慶子。父親は在日韓国人。母親は日本人。日本に帰化[1]。小学2年生の時『くるみ児童合唱団』に入団。中学時代には演劇部に所属。中学3年生で「劇団ひまわり」に入団。

1967年、『忍者ハットリくん+忍者怪獣ジッポウ』でテレビ初出演。日本大学第二高等学校に進学[2]。高校時代にスカウトされ、1970年に大映で本格的に映画デビュー。1972年に松竹へ移る。

1979年に、ドラマシリーズ『木曜座・水中花』[3](原作・五木寛之)において、自らテーマソング『愛の水中花』を歌うとともにバニーガール役に挑戦し、セクシー女優としての地位を固めたことで一躍ブレイクし、1980年代には『青春の門』『男はつらいよ 浪花の恋の寅次郎』『蒲田行進曲』『火宅の人』『椿姫』『死の棘』などの映画や、『春の波涛』などのテレビドラマに出演し、女優としての地位を確立した。

1991年、ジャズギタリストの高内春彦と結婚し、一時期米国に移住したが、結婚にまつわる騒動[4]が収束して以降は、再び日本で女優として活躍を続けている。

2000年には、「東京電話」のCMで大根を持った主婦をコミカルに演じて新たなイメージを開拓した。

2002年にはヘアヌード写真集『さくら伝説―松坂慶子写真集』(なかにし礼原作・監修)をヒットさせた。

2005年8月29日に大塚食品が発売した「ボンカレークラシック」での外箱のキャラクターを、松山容子に代わり、務めることになった[5]。同年の秋にはドラマ『熟年離婚』に主演し、渡哲也が演じる夫に離婚を切り出し自分の人生を新たに切り開く主婦役を好演した[6]。さらに同年12月放送の『ウリナリ芸能人社交ダンス部』では、ダイナミックに動きキレのある社交ダンスを披露し、初出場ながら優勝するなど、年齢を感じさせない美貌と体力を保っている

篤姫 (2008年・NHK大河ドラマ) 幾島

大河ドラマ「篤姫」第31回「さらば幾島」

松坂慶子 - Wikipedia


posted by ぴかまま at 04:42 | Comment(0) | TrackBack(0) | 紅白歌合戦
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