2009年02月24日

賞の半分は本木さんのもの」 「おくりびと」滝田監督会見・おくりびと」構想10年超、主演・本木さん満面の笑み

賞の半分は本木さんのもの」 「おくりびと」滝田監督会見2月23日14時2分配信 産経新聞

アカデミー賞会場のレッドカーペットに登場した本木雅弘

 第81回アカデミー賞外国語映画賞を獲得した「おくりびと」の滝田洋二郎監督が受賞後に会見を行った。主なやりとりは次の通り。

 −−今の気持ちは

 「日本人は、いや世界中どこでも同じだが、死を忌み嫌う傾向がある。企画をいただいたときは不安だった。しかし、実際に(映画で扱っている)納棺師の仕事をみて、これはやらなければいけないと感じた。また、主演の本木雅弘さんが本当にのめり込んで演じてくれた。今日の賞の半分は本木さんのものだ」

 −−米国で認められたということについては

 「映画は言葉を超えるということを実感した。この映画は死を扱っているようで、実は人間がどう生きていくのかということを扱っている。その意味で、人間の普遍的な感情を描けたと思う」

 −−他の有力作品をおさえて名前が呼ばれたときの感想は

 「信じられなかった。これまでアカデミー賞でノミネートされた日本映画はほとんどが時代劇だった。その意味で、現代物が認められたことはたいへんうれしい」

おくりびと」構想10年超、主演・本木さん満面の笑み2月24日2時25分配信 読売新聞

おくりびと」のアカデミー賞受賞を喜ぶロケ地の人たち(山形県酒田市で)

 【ロサンゼルス=飯田達人、近藤孝】「すべての人の思いが大きな花を咲かせた」。第81回米アカデミー賞が決まった23日(日本時間)、外国語映画部門での受賞となった「おくりびと」で主人公の納棺師を演じ、企画者としても映画作りに携わった本木雅弘さん(43)はそう語った。

 短編アニメーション部門では「つみきのいえ」が選ばれており、日本映画史に打ち立てられた金字塔に、関係者は喜びに包まれた。

 受賞後の記者会見。本木さんは、どうしてこの作品が「受けた」のか理由が知りたくて、授賞式前日に夕食を共にした北米の映画関係者に自ら尋ねたことを明かした。

「日本人の繊細なもてなしの心を受けて、癒やされる映画。普遍的なこと、シンプルな感情は伝わるので自信を持っていい、と言われました」。そう納得した様子で振り返り、「この作品にかかわっているすべての人の思いがかなって大きな花を咲かせた」と満面の笑みをたたえた。

 本木さんは20歳代の終わりに、遺体を棺(ひつぎ)に納める仕事を記録した青木新門さんの「納棺夫日記」を読んだ。「死の世界をのぞくことで、生きるとはどういうことかを考えさせられた」が、映画化までには10年以上が必要だった。役作りのために、本物の納棺師に取材し、遺体の顔をふいたり、着衣を着替えさせたりする動きの指導も受けた。

 外国語映画部門では、フランス映画「クラス」、イスラエル映画「戦場でワルツを」などの下馬評が高かった。本木さんは「(ライバルの)イスラエルの映画は、本当に心揺さぶられる作品でした。それと比べ、『おくりびと』には柔らかい救いがある。前向きな救いをたくさん感じる。そこが違ったのでしょうか」と勝因を振り返った。

 一方、「つみきのいえ」の加藤久仁生監督。受賞スピーチでは英語で「サンキュー」と謝辞を繰り返したが、日本の報道陣向けに発表したコメントでも「とにかくがんばってくれた制作スタッフのみんなと、作品に関係してくれたすべての方々に感謝します。早く日本に帰って、みんなと喜びを分かち合いたいと思っています」と周囲への感謝の気持ちをにじませた。

 受賞後の記者会見では、式典での英語のスピーチについて「英語はまったくしゃべれないので、シンプルな言葉で感謝を伝えようと思った」と、緊張気味の授賞式とは一転、リラックスした表情で語った。

 加藤監督は、アニメーション作家を集めた工房に所属。多数のアニメーション映画賞を受賞している。

最終更新:2月24日2時25分

★★★おくりびと

 映画「おくりびと」が第81回米国アカデミー賞外国語映画賞を受賞した。

 私が、主演俳優の本木雅弘君と交信するようになったきっかけは、十五年前『納棺夫日記』を上梓して間もなくのことであった。突然電話があり、彼がインドを旅した本に『納棺夫日記』の中の一文を引用させてくれという申し出であった。快諾してしばらくしたら、『HILL HEAVEN』と題された本が送られてきた。インド・ベナレスのガンジス川の岸辺で送り火を手にした上半身裸の彼の写真に「蛆も命なのだ。そう思うと蛆たちが光って見えた」という一文が添えられてあった。それは一人暮らしの老人が真夏に亡くなって一ヶ月も放置されていた遺体を私が納棺に行った時の文章の一部であった。

<何も蛆の掃除までしなくてもいいのだが、ここで葬式を出すことになるかもしれないと、蛆を掃き集めていた。蛆を掃き集めているうちに、一匹一匹の蛆たちが鮮明に見えてきた。そして蛆たちが捕まるまいと必死に逃げているのに気づいた。柱によじ登っているのまでいる。蛆も命なのだ。そう思うと蛆たちが光って見えた>

インドのベナレスは、ヒンズー教の聖地中の聖地で、古代では<光あふれる所>を意味するカーシーと称されていた。ヒンズー教徒にとってここで荼毘されて聖なる川ガンジスに遺灰を流されること願っている。人々は遺灰が流れる川で沐浴し、岸辺では死体を焼く煙の中を、乞食や巡礼者や子供や犬などがうろつき、死を待つ人と聖者と牛が悠然と座って居る。まさに生と死のカオス。そんな場所に立ち、当時二十代の彼が「蛆の光」に共感していることに私は驚きを覚えた。なぜなら蛆の光こそが『納棺夫日記』のテーマだからである。もし映画化することがあれば本木雅弘君をおいて他にいないと確信した。あれから十五年の歳月を経て彼は「おくりびと」という光あふれる美しい作品を世に出した。

         *

 私が納棺の仕事をし始めた昭和40年代は今日と違って社会の目は冷たく惨憺たるものであった。叔父に「親族の恥」と罵倒された日の日記にこんなことを書いている

「職業に貴賎はない。いくらそう思っても、死そのものをタブー視する現実がある限り、納棺夫や火葬夫は無残である。昔、河原乞食と蔑(さげす)まれていた芸能の世界が、今では花形になっている。士農工商といわれていた商が、政治をも操る経済界となっている。そんなに向上しなくても、せめて社会から白い目で見られない程度の職業に出来ないものだろうか」

 私 が過去に抱いていた忸怩たる思いを映画「おくりびと」が見事に解消してくれたように思う。このことは葬祭業に従事するものにとっては大きな力となり、業界の向上にもつながることだろう。
 しかし今日の葬式現場の実態は、特に都会などでは、納棺も映画のように親族に囲まれてなされておらず、親族が立ち会わないまま病院の霊安室などで納棺されたお棺が直接葬式会場へ運ばれている。また死者と語り合う時と場であったはずの通夜も告別式へと様変わりしている。
 こうした現状を葬式の九割近くを仏教葬で行っている仏教界はどのように思っているのだろうか。映画「おくりびと」の送り先が違うとか、ほんとうのおくりびとは葬式の導師である僧侶の役目であるとか云う前に、死者と語り合う場の大切さを説くべきではないだろうか。
人と人の絆、家族の絆、死者と生者とのつながり、そんなあたり前のことを忘れかけていた現代人に何が大事か気づかせてくれた映画でもあった。
 この映画が誕生するまで紆余曲折があったことを私は知っている。そんな過程で、映画化を発案した本木君をして諦めさせなかったのは、15年前インドで「ここでは生と死があたり前のようにつながっている !」と実感した体験、即ち<蛆の光>に感応した記憶が根底にあったからだと私は思っている。生死一如の眼にしか蛆は光って見えないのである。
 そんな本木雅弘君に敬意を表し、心から喝采を送りたい。
                              
おくりびと
<参照>「おくりびと」と「納棺夫日記」

納棺夫日記 (文春文庫) (文庫) 価格: ¥ 490
青木新門 (著)

★★★

「おくりびと」で黒子の仕事にも光…納棺師らも喜びの声
2009年2月24日(火)3時11分配信 読売新聞

 死者に化粧を施し、死出の衣装を着せて棺に納める−−。一般にはなじみのない「納棺師」に心ならずも就いた主人公が、山形県庄内地方の四季の移ろいのなかで立ち直っていく過程を描いた映画「おくりびと」。
日本人の死生観を描いた映画の快挙に、葬儀の裏方に徹してきた納棺師からは「黒子の仕事が世界に評価された」という喜びの声があがった。

 納棺師という職業が生まれたきっかけは、1954年、北海道で青函連絡船「洞爺丸」など5隻が沈没し、1430人の犠牲者を出した海難事故と言われる。当時、北海道で生花店を営んでいた遠山厚さんが、損傷が激しい遺体を一体ずつふき清めて遺族に引き渡した。遠山さんは69年、納棺を専門に行う株式会社「納棺協会」(札幌市)を設立した。

 納棺師は、遺族の立ち会いの下で、遺体をふいて生前に好きだった衣装に着替えさせ、「死に化粧」をした後で棺に納めるまでが仕事。衣装のひもを結んだり、口紅をつけたりする時には遺族にも手伝ってもらうことが多い。

 納棺協会の納棺師、堀江満さん(39)は、主演の本木さんらに約4か月間技術指導した。本木さんは一つ一つの手の動きにこだわり、遺族にどう見えるかを意識したという。堀江さんは、「“陰の仕事”を映画の題材にしていただいただけでも光栄なのに、受賞によって世界に広く知られることをありがたく思います」と笑顔を見せた。

 「おくりびと」のロケは、酒田市の閉館した映画館など、ほとんど山形県内で行われた。脚本を担当した小山薫堂さん(44)は「チェロ奏者になる夢に破れた主人公が自然の中で浄化される過程を描くために、日本の原風景とも言える庄内地方は合っていた」。初めて庄内を訪れた時、庄内がハクチョウの越冬地と知って、「ハクチョウの越冬を挫折した主人公が立ち直る過程に重ね合わせた」と話す。

★★★

<米アカデミー賞>「おくりびと」「つみきのいえ」同時受賞
「おくりびと」最優秀作品賞など10部門独占/日本アカデミー賞

★★★

. 9.13 Road Show 「おくりびと」(主演:本木雅弘 広末涼子)

. Yahoo!映画 - おくりびと
. おくりびと − 映画作品紹介


posted by ぴかまま at 04:09 | Comment(0) | TrackBack(0) | アカデミー賞
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