2009年05月20日

岡田奈々 再ブレークか!?

岡田奈々 再ブレークか!?
2009年5月19日(火)15時0分配信 内外タイムス

-南野陽子いとうまい子堀ちえみら往年のアイドルの活躍がこのところ目立つ。年齢を重ねても、美しさをキープしているのがその理由のひとつだが、次にブレイクしそうなのが岡田奈々(50)だ。

 岡田奈々が久しぶりにテレビに姿を見せたのは、10日放送の「行列のできる法律相談所」(日本テレビ)。

 「憧れのあの人」というコーナーで、久本雅美が“会いたい人”として指名したのが岡田だった。

 「岡田が登場すると、会場は一瞬静まりかえり、直後にドッと歓声が上がりました。もう50歳になるのに、肌に張りがあって、シミやシワもなく、アイドル時代とほとんど変わない美しさだったのです。司会の紳助も“ありえない!”とコーフンしていました。“鏡を見て(自分でも)奇麗だなって思うでしょ”と絶賛していました」(芸能ライター)

 岡田といえば、70年代後半、青少年たちの胸を熱くした人気アイドルだった。

 「ポッキーの初代CMガールで、『俺たちの旅』での田中健の妹役、76年のシングル『青春の坂道』のヒットなどがアイドル時代の実績です。20歳となった79年から女優に本格転向し、映画『戦国自衛隊』(79年)などの角川映画、テレビドラマ『スクール☆ウォーズ』などの大映ドラマに出演。最近では、映画『ラブ&ポップ』(98年)やテレビドラマ『ストロベリー・オンザ・ショートケーキ』(01年)で主人公の母親役を演じていました」(同)

 番組中でまだ独身と告白した岡田。紳助にその理由を聞かれた彼女は「運命の人に出会うと教会の鐘が聞こえる、って聞いたんですけど、サッパリないんです」。

 普段から視聴率の高い同番組だが、この日もNHK大河ドラマ「天地人」を抑えて週間トップを記録。

 「『天地人』が本能寺の変という前半の山場だったことを考えると、岡田奈々効果は大きかったんじゃないでしょうか」(テレビ誌記者)

 最近は経費削減の影響もあってテレビの歌番組でも70〜80年代の懐メロを流すケースが目立つ。また、CDも懐メロもののリリースが多い。
 「今年4月に大手レコード会社5社が共同で『ザ・ベストテン』の名を冠したコンピアルバムを発売。これまでにトータル10万枚を超え、売れ行きは好調です。ディナーショーでもかつてのアイドル歌手の公演が人気を集めているそうです。今のテレビ、音楽界は中高年をターゲットにしたものが多いんです」(芸能リポーター)

 そんな状況の中、久しぶりにテレビ出演した岡田。紳助が、“おバカ”タレントブームを起こしたヒットメーカーでもあるだけに、今後、岡田の再ブレークがあるかもしれない。

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岡田奈々おかだなな、1959年2月12日 - )は、日本の女優、元アイドルである。本名は矢井 弘子(やい ひろこ)、岐阜県岐阜市出身である。『青春の坂道』(1976年)のヒットと、テレビドラマ『俺たちの旅』(1975年 - 1976年)、『スクール☆ウォーズ』(1984年 - 1985年)で知られる。1970年代を代表する清楚で可憐なイメージを提供したタレントの一人

1959年(昭和34年)2月12日、岐阜県岐阜市に生まれる。

1974年(昭和49年)、岐阜市の鶯谷女子高等学校高校1年在学時に、オーディション番組『あなたをスターに!』の第2回チャンピオンとなり、翌1975年(昭和50年)5月10日、16歳でシングル『ひとりごと』がNAVレコードより発売され歌手としてデビューした。

ポッキーの初代CMガール(1975年 - 1980年)や、『俺たちの旅』での田中健の妹・中谷真弓役、1976年のシングル『青春の坂道』のヒットなど、1970年代後半のトップアイドル[要出典]であった。

1977年(昭和52年)3月、堀越高等学校を卒業、同年4月には、戸板女子短期大学に進学した。

9枚目のシングル『らぶ・すてっぷ・じゃんぷ』(同年7月10日)が発売された直後の同年7月15日未明、東京都港区三田の自宅マンションに窓から暴漢が押し入る事件が起きた。犯人は果物ナイフで切りつけ、岡田は、右手親指の付け根と左手の掌に30針の重傷を負わせたが、早朝7時には犯人は玄関から出て行ったという。所属事務所は記者会見を開き、岡田は両手を包帯につつまれつつ事件の顛末を説明した[1]。当時、岡田はテレビドラマ『俺たちの朝』にレギュラー出演中でもあり、事件の2日後には、仕事を開始したという[2]。犯人はいまだ逮捕されておらず[1]、時効が成立した。

20歳となった1979年(昭和59年)からは女優に本格転向し、大学は中退した。その後、映画『戦国自衛隊』(1979年)や『里見八犬伝』(1983年)といった全盛期の角川映画、テレビドラマ『スクール☆ウォーズ』(1984年 - 1985年)などの大映ドラマで活躍した。作家の安部譲二は岡田の熱烈なファンで、自身原作の映画作品に出演依頼をしてこれを実現させたのが、1987年(昭和62年)の『塀の中のプレイ・ボール』であった。

10代のころに石井輝男監督の東映での最後の作品『暴力戦士』(1979年)に出演した縁で、同監督の映画監督復帰作『ゲンセンカン主人』(1993年)、続けて『無頼平野』(1995年)に出演。『無頼平野』では妖艶かつ可憐なヒロインを演じた[3]。現在も独身であるが、映画『ラブ&ポップ』(1998年)やテレビドラマ『ストロベリー・オンザ・ショートケーキ』(2001年)では主人公の母親役を演じている。

NAVレコードに所属したことが幸いし、同社を吸収したポニーキャニオンから、すべてのシングル・アルバムがCD化再発売されている

岡田奈々 - Wikipedia

YouTube - 奇跡の50歳、岡田奈々
YouTube - 岡田奈々

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posted by ぴかまま at 08:22 | Comment(0) | TrackBack(0) | 芸能
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