2010年04月15日

涼風真世・女優

涼風真世・女優
2010年4月15日(木)10時0分配信 日刊ゲンダイ

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 女優の涼風真世(49)とラグビー元日本代表の今泉清氏(42)の離婚調停が長期化している。2人は04年に結婚したが、08年、夫婦関係が悪化した。原因は涼風の浮気。ミュージカル「エリザベート」の公演中に、共演した17歳年下の若手俳優との関係が発覚したのだ。しかも帰宅した今泉と、若いツバメが鉢合わせになったという最悪の事態へ。

 当然、女性週刊誌からバッシングを受けているが、不思議なことに、男性陣から涼風の悪口が聞こえてこない。涼風が男から好かれる理由は、何なのか。

 宮城県石巻市出身の涼風は、父親の仕事の関係で、釧路、富山、大阪、兵庫と転々とした。将来は看護師か幼稚園の先生になるつもりだったが、中学校の修学旅行で初めて宝塚歌劇を観劇して、カルチャーショックを受ける。家族に「宝塚に入りたい」と訴えると、父親から「別科(宝塚受験のための予備校)で1番を取ったら宝塚を受験させてやる」と言われる。そこで必死に頑張って1番になったというから、相当の負けず嫌いだ。

 81年に宝塚歌劇団に入団。91年、月組のトップスターに。歌唱力に秀でたフェアリータイプの男役スターとして歩み、「ベルサイユのばら」のオスカル役でブレーク。一時代を築いた。93年に退団し、94年に帝劇「横浜どんたく」で女優に転身。宝塚の同期に黒木瞳、真矢みきらがいる。

 涼風は黒木を「しょうこちゃん」と本名で呼んでいるほど、仲がいい。しかも黒木を「凄い!」と絶賛。家庭を守り、子育てをしながら女優としても第一線で活躍中の手腕に「政治家にでもなるといいわね」と、尊敬の念すら抱いている。

 黒木は女性誌にひんぱんに登場し、キリンの研究所調査「一緒にお酒を飲みたい女性の上司」の第1位に04年から5年連続選出されるなど、幅広く女性層にウケている。また同期の真矢みきも、08、09年には同調査の「女性の上司」部門で、黒木とともにベスト5入り。真矢はアラフォー女性のあこがれの的として、女性誌掲載も増え、ジュエリーデザイナーとしても活躍中だ。

 一方、涼風は、00年、近藤サトと坂東八十助の電撃離婚の引き金と女性週刊誌で叩かれるなど、黒木や真矢とは真逆のポジションにいる。


●調停の行方も興味津々

 昨年12月のミュージカル「パイレート・クィーン」の記者会見では、離婚問題について尋ねた報道陣に対し、「私は今を生きている」とコメント。宝塚を退団しても、男役の元トップスターらしく、実に“男らしい”のだ。

 趣味はドライブ、テニス、乗馬とアウトドア派。酒好きで、現在は焼酎党だ。

 飲み屋で知らない客と話すこともしょっちゅうだという。今泉とラブラブだった頃、京都で隣に座った主婦3人組と仲良くなるなど、気さくな姉さんタイプと周囲から慕われている。

 泥沼化がささやかれる離婚調停だが、“男らしさ”をフル回転させて、「今を生きている」涼風の潔い結末を見せてもらいたいものだ。

日刊ゲンダイ2010年4月12日掲載)

それぞれの離婚事情…72日間で性の不一致発覚!?

涼風真世(すずかぜ まよ、本名:今泉 佳奈女〔いまいずみ かなめ〕[1]、旧姓:森永〔もりなが〕、1960年9月11日 - )は日本の女優、声優、歌手。元宝塚歌劇団・月組トップスター。宮城県石巻市出身。愛称は本名のかなめで、個人事務所の名称にもなっている。身長165cm、血液型O型。大阪薫英女子高等学校卒業。

プロ野球東北楽天ゴールデンイーグルスファンクラブ名誉会員(会員No.2)。アニメ『るろうに剣心』の緋村剣心役として知られる。

十條製紙(現:日本製紙)社員の父のもと石巻に出生。家族は他に母・姉。父の転勤に伴い後に北海道釧路市、富山県高岡市、大阪市に移住。高岡市内にすでに家を建てていたので、父と涼風の2人のみ大阪へ転居した。

1981年に宝塚歌劇団に入団。OGでは女優の北原遥子(元娘役スター、日本航空123便墜落事故で死去)、黒木瞳(1982年から1985年まで月組娘役トップスター)、真矢みき(1995年から1998年まで花組トップスター)。毬藻えり(1989年から1992年まで星組娘役トップスター)、演劇プロデューサー、活弁士、日本舞踊講師の幸風イレネ(現在のイレネ飯田)。現役では専科の梨花ますみらと同期入団である。「春の踊り」で初舞台。以後、歌唱力に秀でたフェアリータイプの男役スターとして歩み1991年「ベルサイユのばら・オスカル編」で月組トップスターに就任、2年目の1993年7月に「グランド・ホテル」で退団。以後はテレビドラマや舞台、映画などで活躍。歌手としてCDもリリースしている。

2004年7月、サントリー社員で元ラグビー日本代表、早稲田大学ラグビー部コーチの今泉清と結婚した。また、本名の姓を”森永”から新郎の”今泉”姓に変更した。

宮城県にゆかりのあるということで、“ふるさと宮城” の魅力をPRし、全国に発信する「みやぎ夢大使」に委嘱されている

中学校の修学旅行で初めて宝塚歌劇を観劇した涼風は、家族に対して「宝塚に入りたい」と直訴したが、家族は誰もそれを本気にしなかった。ただ父親だけは「少なくとも高校を出て、別科で1番の成績を残せるならば許してやる」と言った。その後、父親の転勤があり、大阪に引っ越した際に宝塚音楽学校の夜間科に当たる「別科」のレッスンを受けて高校生活と両立させた[2]。
芸名は、母親が「扇風機の風力の調整ボタンに涼風(こちらの読みは「りょうふう」)があること」に目をつけ、また誕生月の9月は比較的心地いい風が吹いている時期であることに由来する。
1991年のトップ就任よりコンビを組んだ麻乃佳世は、涼風の熱心なファンだった。麻乃は、涼風好きが高じて自身も宝塚入りを熱望し、高校卒業を待って音楽学校受験・合格(入団1988年)。芸名は、自身の本名「佳子」と涼風の「真世」から「佳世」とし、朝凪鈴(1991年退団)、紫とも(のち雪組娘役トップへ)、朝吹南(1994年退団)ら有力上級生娘役陣を飛び越し、涼風の相手役となった。
退団公演での組長挨拶で、当時の月組組長の汝鳥伶(現・専科)は、涼風を送る言葉として、「歌の妖精は、静かに森に帰っていきます。」という言葉を贈った。この言葉は涼風の芸風・キャラクターを表す名言として語り継がれている。
退団後は「男役はやらない」と決め、テレビアニメ『るろうに剣心 -明治剣客浪漫譚-』の緋村剣心役のオファーも最初は断っていたが、スタッフからの強い要望で出演した。剣心のかっこいい部分は苦もなく演じられたが、「おろ」などのギャグシーンは、最初はどう演じればいいか分からなかったという。
CTV『あんたにグラッツェ!』にゲスト出演した際、涼風が「男の人が交際したいと思うのは、若い女の子でしょ?」と問うと、高田純次から「僕は年齢は気にしません。何歳であっても美しい人は美しい。ただし(自分が)交際するなら、25歳まで」と答えられ、高田に突っ込みをいれている。
公式ブログは青空の写真をメインとするものだったが、2008年中旬以降、岩手・宮城内陸地震の影響により、付随する言葉はごく短い一文程度となっている。(宮城県は涼風の母親在住)

涼風真世オフィシャルブログ「Well Come To MAYA」Powered by Ameba

涼風真世 - Wikipedia

. 涼風真世ブログ「Well Come to MAYO」

★★★

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posted by ぴかまま at 17:23 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日刊ゲンダイから
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