2009年06月25日

織田裕二、「踊る大捜査線」青島俊作に続く当たり役ゲット!? ・・織田裕二がヘコたれない理由

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織田裕二、「踊る大捜査線」青島俊作に続く当たり役ゲット!?
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織田裕二がヘコたれない理由 2008年9月7日(日)10時0分配信 日刊ゲンダイ

●主演ドラマは散々

 福田首相の辞任劇にこの人もアワを食ったのではないか。3日、大塚製薬のスキンケア用品「UL・OS」の記者会見に登場した織田裕二(40)だ。

 福田が辞任会見を開いたのは1日午後9時30分頃。フジテレビは織田が主演する“月9ドラマ”「太陽と海の教室」を放送中だったが、急きょ中断して辞任会見に切り替え、20分後に放送を再開した。視聴率がまあまあだったのは救いだが。

 織田には不運が重なっている。前作の木村拓哉主演のドラマが異例の5月スタートで、最終回が7月までズレ込んだため、「太陽」は番宣もそこそこに始まる異例の事態になった。また、8月は北京五輪一色で視聴率も落ち込み、週刊誌などに大コケと書き叩かれて散々。そして、ラストスパートと意気込んでいたら、放送中断という予測不能の出来事が起きたわけで、泣きっ面に蜂と言っていい。

 織田はプライドが高く気難しい性格として知られている。さぞかしムッとしているのではないかと思われるが、意外なことに「織田さん、まったく気にしてないと思いますよ」(番組関係者)というから、拍子抜けではないか。

視聴率がどれだけ伸び悩もうが、織田さんはいつもハイテンションで撮影に臨んでいます。キムタクの件も五輪も織り込み済みだし、辞任劇は仕方ないし……。それに、大ヒットを記録した主演映画『踊る大捜査線』の第3弾の撮影が来年に控えていて、本人もフジも“次”に頭を切り替えている。フジにとって『踊る』はドル箱で、周囲も織田さんのご機嫌を損ねないよう、今からヨイショしたり、細心の注意を払って接しているそうです」

 そんな織田が一番気にしているのが山本高広に「キター」とものまねされることだとか。悩みはそれほど深くないということか。

日刊ゲンダイ2008年9月4日掲載)

★★★

<テレビ視聴率>織田裕二ドラマ、中断・再開で4%アップ 首相会見が思わぬ効果

視聴率がヒトケタ目前まで急落して織田裕二は崖っぷち
織田裕二の気合が空回りして周囲が困惑する「月9」
<ドラマ視聴率>織田裕二、貫禄の20%越え 3年ぶり「月9」に関心高く
織田裕二ドラマ試写「緊張感ある楽しさ」
あの男の「キター!」に…織田裕二「僕は笑えない」
織田裕二 3年半ぶり熱血教師で月9に帰ってきたぁ〜

織田裕二(おだ ゆうじ、1967年12月13日 - )

夢を壊すと悪い」という意識や、自身が公私混同を嫌がっている事から極力プライベートを明かさない俳優である。

現在、日本の映画俳優で高倉健以来の藤本賞受賞者。若松節朗監督と親しい。また、西谷弘監督は織田裕二主演の映画が初映画監督作品である。自身の主演ドラマ『お金がない!』のサードディレクターだった本広克行監督の『踊る大捜査線』監督への起用を進言したのは織田裕二であった。

デビュー作品は映画であった。オーディションを受け数万人の応募者の中から望んでいた役に抜擢されたのが映画デビューのきっかけである。以来20年に渡り日本映画に出演し続けている。デビュー直後は売れず役者を辞めようと思った時期もあったが、NHKドラマ十九歳が役者の道を邁進する覚悟を決める転機となり、東京ラブストーリーで当たり役を掴み売れた。しかしそこには葛藤があったことを後に語っている。当初はトレンディ路線とアイドル色が強かった為、主に20代女性層を中心にブレイクしていたが、その後は積極的に悪役を演じたり、コメディにも多く出演している。

役作りでは、服装や小道具にこだわり、キャラクターをつかむのに時間がかかるタイプ(本人談)。なので、脚本は出来る限り早く欲しいそうでそれが企画、脚本段階から作品に関わる理由のひとつだそうである。脚本を読み込み、台本に詳細な書き込みをすることで有名。台詞を何度も繰り返し、監督や共演者との話し合いや打ち合わせを数多く行うことで作品への理解を深める。それはデビュー当時からの姿勢であり、若手のころから千葉真一などと語っていた。続編(パート2)嫌い、というより「同窓会的」なゆるい作品作りが嫌いらしい(『踊る大捜査線』に関するインタビュー等)。週刊誌などでスタッフとの衝突も取り沙汰されることもあり、金子修介監督に酷評された経験もあるが、数年後には織田を認める発言をしている

主な出演作品に、ドラマ『東京ラブストーリー』、ドラマ『振り返れば奴がいる』『お金がない!』『踊る大捜査線』シリーズ『県庁の星』など多数。

桐蔭学園小学校・中学校・高等学校卒業。中学1年から高校1年までテニス部に所属。高校時代は「デップス」というバンドを組み、ギターを担当していた。高校2年のクリスマスイブにライブは1回だけ行われた。そのライブを見に来ていた人の紹介で、現在の事務所にスカウトされるが、当時は芸能界入りに興味が無く、「学校がうるさいので…」との理由で断っていた。高校卒業後、ピッツバーグ大学日本校へ入学するも中退し、俳優の道へ進む。

その後、1987年4月に東映映画『湘南爆走族』で俳優デビューし、江口洋介と共演。 1990年頃には吉田栄作・加勢大周とともに平成御三家とも呼ばれた。

大森一樹監督曰く「日本映画界で数少ない、名前で客を呼べる俳優」。同様に、2007年12月公開の映画『椿三十郎』の森田芳光監督の「今、映画スターといえば織田裕二しかいない」との発言も。
織田裕二 - Wikipedia
posted by ぴかまま at 06:25 | Comment(0) | TrackBack(0) | 織田裕二
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