2008年11月05日

離婚していたKEIKO激白「悔しくて…」

離婚していたKEIKO激白「悔しくて…」11月5日7時1分配信 スポーツニッポン

 詐欺容疑で逮捕された小室哲哉容疑者(49)の妻で「globe」のボーカル、KEIKO=ソロではKCO=(36)は4日、関係者に対し「彼は悪くない。悔しくてしょうがない」と思いを激白した。

1年ほど前から大分県の実家には被害者側から「5億円を返せ」と取り立ての電話が頻繁にあり、「実家に迷惑を掛けられない」という小室の意向をくみ、この日までに離婚届を提出した。

 02年に結婚して以来、公私ともに小室容疑者と支え合ってきたKEIKO。最も身近で見てきた妻としての思いが、一つ一つの言葉ににじんだ。

 著作権譲渡をめぐる5億円の詐欺容疑で逮捕されたことに「こんなことになって驚いています。どうすればいいのか分からないくらいで、なかなか眠れません」と大きなショックを受けている。

 小室容疑者が主導的な役割を果たしたとみられていることについても「彼は悪いことなんてしていない。悔しくて、悔しくてしょうがない。本当に悔しいです。一生懸命に音楽を作って、一生懸命にやっているのに…」と涙声で胸中を吐露。逮捕前、現在置かれた立場を小室容疑者から説明されたのか「私は事情を知っているだけに悔しくてしょうがないです。この誤解は必ず晴らしたい」と何としても最愛の人を助けたいとの思いを明かした。

 周辺によると、離婚届はこの日までに都内の区役所に提出したという。今回の逮捕が直接的な原因ではなく、KEIKOの実家に「小室が金を返さない」と被害者とされる投資家の男性からの借金取り立て電話が続いたことだ。

 大分県臼杵市で1905年(明38)から、ふぐ割烹(かっぽう)「山田家」を経営する老舗。娘夫婦を可愛がっていた父親の山田晋太郎さん(享年63)が昨年11月12日に他界し、その直後に東京・西麻布の支店が「ミシュランガイド東京版」の2つ星に選ばれた。晋太郎さんから受け継がれた味が世界に認められた中、小室容疑者は自らのトラブルで「迷惑を掛けるわけにはいかない」という思いがあったという。それほどKEIKOの家族は、小室容疑者にとって温かく大切な存在だったようだ。

最終更新:11月5日7時1分

男性に「三重譲渡」図る=著作権の仕組み悪用か・小室容疑者
小室哲哉・音楽プロデューサーをきょう逮捕へ

KEIKO

KCOケイコ、本名:小室 桂子(こむろ けいこ、旧姓:山田(やまだ))、1972年8月18日 - )は、日本の女性歌手。また、KEIKOとしてglobeのヴォーカルでも活動。イーミュージック所属。現在のレコード会社はユニバーサルミュージック。大分県臼杵市出身。血液型はA型。

ハイトーンヴォイスとグラマラスな魅力でglobeのボーカルとして人気を博し、安室奈美恵、華原朋美などとともに、小室ファミリーの代名詞と呼ばれた。「〜ィ」と語尾を跳ね上げる歌い方は浜崎あゆみなどに影響を与えていると見られる。「a song is born」で共演した浜崎あゆみは尊敬するアーティストとしてKEIKOの名を挙げていた。ただし、avexからKEIKO単独でCDを発売することはほとんどなく、企画物にソロで参加するくらいだけであった。

また、大分県出身だが、高校卒業後、大阪に移住したため関西弁を話すこともある。現在、夫は小室哲哉だが、婚約以前にゆずの北川悠仁と交際していた時期がある。細木数子とは夫、小室哲哉とともに交友関係があり、妹分を名乗ったことがある。

1995年8月、小室哲哉が主宰するイベント「EUROGROOVE NIGHT」内で開催されたオーディションに出場したことをきっかけに、globeのヴォーカルとしてデビューした。パフォーマンス中にステージから転げ落ちたエピソードは有名である。ステージから転落した後も課題曲の「EZ DO DANCE」を歌いきり、観客とのコール&レスポンスも平然とこなした度胸が、小室哲哉に大きな印象を与えた。EUROGROOVE NIGHTにはハーフのMCとしてANISSとマーク・パンサーが参加しており、まずはマークとKEIKOによりユニット「Orange」が作られ、小室哲哉の参加によりユニット名はglobeとなった。

1997年の4大ドームツアーの時、小室哲哉の勧めで髪を金髪にしたが、これがターニングポイントになったと本人は語っている[1]。1998年11月1日、F1日本グランプリで「君が代」を歌った。

2002年11月22日に小室哲哉と結婚。

2006年5月31日に発売されたJKのシングル、「晴れる道 〜宇宙人に合わせる顔がねぇ!〜」の3曲目、「この僕が」では初めて自分が歌う曲以外での作詞を行い、作詞家としての活動も開始させた(KCO名義)。10月、鮎川誠らとバンド、THE AURIS (SUPER) BANDを結成し、ボーカリストとして参加。デビュー曲「MY WAY」は10月24日からナップスタージャパンにて先行配信。この企画はKEIKOにとって芸能界の音楽活動で初めてTKプロデュース以外での活動となる。OBS感謝祭(開局55周年記念)に出演し「I WANT YOU BACK」を熱唱。夫である小室哲哉も共演。

2008年、KEIKO単独でユニバーサルミュージックへ移籍、アーティスト名義を「KCO」とし、本格的なソロプロジェクトが始動した。6月より自身の公式サイトにて、ブログを始めた

kco - Wikipedia
posted by ぴかまま at 08:02 | Comment(0) | TrackBack(0) | 小室哲哉

2008年11月04日

小室哲哉・音楽プロデューサーをきょう逮捕へ

小室哲哉・音楽プロデューサーをきょう逮捕へMSN産経ニュース

 人気グループ「globe」のメンバーで、かつて数々のヒット曲で日本の音楽シーンをリードした小室哲哉・音楽プロデューサー(49)が、兵庫県内の個人投資家(48)に音楽著作権の譲渡を持ちかけ、5億円をだまし取った疑いが強まり、大阪地検特捜部は3日、詐欺容疑で4日に逮捕する方針を固めた。

この著作権売買をめぐっては民事訴訟になり、代金返還でいったん和解したが、返還期日までに一部しか支払われず、投資家が小室哲哉プロデューサーを地検に刑事告訴していた。

 小室哲哉プロデューサーは近年、事業の失敗などで多額の借金を抱えていた。

特捜部はほかに、小室哲哉プロデューサーが中心になって設立したイベント企画会社の役員2人も共犯として詐欺容疑で逮捕する方針。

 関係者によると、小室哲哉プロデューサーは平成18年7月30日、イベント企画会社役員の仲介で東京都内のホテルで投資家と会い、楽曲806曲の著作権の譲渡を持ちかけた。8月7日、10億円での譲渡を内容とする著作権売買の仮契約を投資家と締結した。

 小室哲哉プロデューサーは2日後、同じホテルで「元妻に離婚慰謝料7億円を請求され、著作権使用料が差し押さえられている。
本契約を締結したいので、差し押さえの解除に必要な5億円を先に支払ってほしい」と投資家に申し向け、同月31日に自身が関係する口座に5億円を振り込ませた。

 この806曲は大半が小室哲哉プロデューサーが作詞作曲したものだったが、これらの著作権の一部はすでに音楽会社「エイベックス・エンタテインメント」などにあり、小室哲哉プロデューサーに著作権譲渡の権限はなかったという。

 投資家は契約を解除したが5億円が返還されなかったため、小室哲哉プロデューサーの事務所や親族の家などへ再三、催促の電話をかけ、小室哲哉プロデューサーがテレビ番組に出演するたびにテレビ局にも電話したという。

 これに対し小室哲哉プロデューサーは昨年10月、投資家を相手取り、慰謝料など1億円や債務不存在の確認を求める訴訟を神戸地裁尼崎支部に起こした。一方、投資家も5億円の返還などを求める反訴を提起した。

 訴訟は今年7月23日、著作権取得のための準備費用など投資家の逸失利益1億円を加え、小室哲哉プロデューサーが6億円を支払うことで和解が成立。しかし、期限の9月末までに一部しか支払われず、投資家は10月初め、小室哲哉プロデューサーを詐欺罪で大阪地検に告訴した。

 小室哲哉プロデューサーの代理人は「告訴されたことは知らない。和解後に金が支払われたかどうかも分からない」と話している。

          ◇

 小室哲哉氏は、昭和33年11月27日、東京都生まれ。中学時代から作曲を始め、早実高から早大に進学。
在学中からプロとして活動を始め、キーボード奏者として、あのねのねなどのバックバンドを務めた後、58年に「TM NETWORK」を結成。
平成に入ってプロデュース活動を始め、trf(現在TRF)、篠原涼子さん、安室奈美恵さん、華原朋美さん、globeらを次々にミリオンヒットに導く。
私生活では昭和63年、アイドルデュオ「キララとウララ」のキララこと大谷香奈子さんと結婚(平成4年に離婚)。
13年、「dos」の吉田麻美さんと再婚(14年に離婚)。
同年、globeのボーカル、KEIKOさんと再々婚した。

小室哲哉 -

日本の東京都府中市出身の音楽プロデューサー、作詞家、作曲家、編曲家、キーボーディスト、シンセサイザープログラマー、ミキシングエンジニア、DJ、アーティスト。尚美学園大学芸術情報学部の教授でもある。妻はglobeのボーカルのkco。 愛称は「先生」「てっちゃん」「テツ」「コム」「TK」など。
小学生時代
音楽の時間に作曲のテストがあった際、教師が小室の作品を見て「誰かは言いませんけどこの中ですごく上手な人がいました」と言った後、その曲がピアノで披露されて、その曲を他のクラスメイトがリコーダーで吹いた。しかし小室は当時を振り返り「目立ちたくない時期だったためものすごく嫌だった」と語っている[11][12]。日本万国博覧会でシンセサイザー・冨田勲の存在を知り、衝撃を覚える。


中学生時代
独断で家にあったギター・ヴァイオリン・エレクトーンを売り当時16万以上したというシンセサイザー「ローランドSH1000」を購入した。この頃に「TM NETWORK」の4thアルバム「Self Control」に収録されている「Here, There & Everywhere (冬の神話)」の雛型を作曲したという。


高校生時代
早稲田実業学校高等部商業科に入学。小室の作曲テクニックにクラスメイトが憧れる余り、クラスメイトの半数以上の作曲の宿題を肩代わりさせられた。音楽担任は小室が卒業するまで気づかなかったという[13]。


大学生時代
早稲田大学に進学し5年ほど在籍、その途中にプロ・ミュージシャンとしての活動を開始する(哀婉・あのねのね、白竜、原田真二等のバックバンド(キーボードを担当)、SPEEDWAYへの参加等)。その後、音楽活動に没頭していた・授業料を楽器代に使い廻していた為に単位がとれず除籍。


第一全盛期
1986年に渡辺美里へ提供した「My Revolution」で日本レコード大賞作曲賞を受賞。自身の音楽ユニットであるTM NETWORKは、1987年に発表した「Get Wild」で一躍人気バンドとなり、1988年には第39回NHK紅白歌合戦に出場。

自身のバンド活動と平行して、渡辺美里をはじめ、岡田有希子、荻野目洋子、おニャン子クラブの福永恵規、堀ちえみ、中山美穂、松田聖子、小泉今日子、宮沢りえ、観月ありさ、牧瀬里穂、中森明菜などに楽曲を提供し、作曲家としても活躍する。

1989年に自身がリードボーカルを担当したソロ作の「RUNNING TO HORIZON」、「GRAVITY OF LOVE」が連続でオリコンシングルチャート1位を記録。1985年 - 1992年の間には、アニメーション映画の「吸血鬼ハンターD」、実写映画の「ぼくらの七日間戦争」、「天と地と」、月9テレビドラマの「二十歳の約束」、舞台ミュージカルの「マドモアゼル・モーツァルト」の劇中音楽を手掛けた。


第二全盛期
1994年のTMN終了前後から、観月ありさ、篠原涼子、trf、hitomi、内田有紀、H Jungle with t、dos、globe、華原朋美、安室奈美恵、tohko、鈴木あみなど、多数の作詞、作曲、編曲と音楽プロデュースを兼任して行い、1994年から1999年の間に数々のミリオンセラーやヒット曲を打ち立て、その様子から各メディアにおいて、「小室ファミリー」、「小室サウンド」、「小室系」といった独自の名称でカテゴライズされる小室ブームという少年時代からの夢だった社会現象を起こした

小室哲哉Wikipedia

MySpace.com - Tetsuya Komuro - JP - Pop / Rock / Club - www ... http://www.myspace.com/tkomuro

TETSUYA KOMURO http://tk.syncl.jp/
posted by ぴかまま at 06:07 | Comment(0) | TrackBack(0) | 小室哲哉
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